Sunday, January 15, 2012

翻訳工房ひよどり: 経済・政治・国際

【要旨】 日本時間の9月22日、無実の可能性の高いTroy Davisさんの死刑が米ジョージア州で執行された。その直前の様子をCNNテレビの生放送で見て、私は大変辛い気持ちになった。このブログ記事では、事件の概要とこれまでの経緯などの概略を示したうえで、被害者の母親のインタビューに対する自分の思いや、死刑制度に対する考えについて記した。

 今日は胸の奥が泣いている一日だった。

 午前中、Troy Davis(トロイ・デービス)に関するCNNのライブ放送を見たせいだ。彼の死刑執行が延期され、最高裁決定を受けて執行されるまでの3時間あまりを生放送で見てしまった。

 無実の可能性がある人が、権力によって、合法的に、殺害されたのである。

 CNNのアンカー、Anderson Cooperの説明によると、事件とその後の経緯は次のとおりだ。
 1989年8月、ジョージア州のバーガーキング店前の駐車場で起きた暴行を止めようとした警察官 Mark MacPhail (勤務時間外だった) が何者かによって射殺された。事故から2年後、Troy Davisが犯人として逮捕される。指紋やDNA鑑定などの物的証拠は何一つなく、目撃証言だけが逮捕の根拠だった。しかし、その後、目撃者9人のうち7人が自らの証言の内容を撤回または変更する事態となった。Davis本人は当初から無罪を主張。刑の執行はこれまで3回延期されてきた。

 今日が新たに設定された執行日だったが、弁護団によるappealが認められて最高裁の判断を仰ぐことになった。私がテレビを見始めたのは、この判断待ちによる延期が決まった直後。CNNの看板番組Anderson Cooper 360 (AC360)では、法律の専門家にこれまでの経緯を確認するとともに、Davisの死刑執行予定施設の前に集まった数百人に上る支援者らの姿を映し出した。


 ここまでの経緯だけでも衝撃的なのだが、それに追い討ちをかけたのが、
被害者Mark MacPhailの母親だった。被害者家族は死刑執行に立ち会うため、処刑場に出向いているのだが、MacPhailの母親だけは自宅待機をしており、自宅からAC360の生インタビューに答えていた。

 母親は一見、普通のおばあちゃま。
 しかし、辛い現実を前にして、その発言は厳しく、一瞬の揺るぎも感じられなかった。
 母親はDavisは有罪だと信じており、早く執行してほしいと願っていた。
 「Davisが死んでも満足感(sartisfaction)は得られない、でも平安(peace)は得られると思う。私はもう十分に苦しんできた。早くpeaceを得たい。死刑が執行されれば、peaceが得られると思う」と話したのである。


 実は、私は日本で裁判員制度ができてからずっと悩んでいた!

 「自分は死刑制度には反対である」→「しかし、被害者家族が死刑を望めば、その思いに寄り添えないことになる。それは辛い」→「でも、やはり死刑制度には賛成できない」の堂々巡りになってしまう。こんなことでは、裁判員の職責を十分に果たせないうえに、判決結果に一生悩まされることになってしまう。精神的に耐えられる自信がまったくない。

 MacPhailのお母様は、私のこの迷いを倍増させた。


 CNNの番組がAC360(日本時間の朝9~10時)→Piers Morgan Tonight(10~11時・・・
あまりちゃんと見てない)→2回目のAC360(11時~)と進んだのち、ふいにそのときは訪れた。

 最高裁がDavisのappealを却下する判断を下したのである。


 CNNの法律の専門家は「大変辛い。まもなく死刑が執行されることになる」と言った。

 この一言はやはり、番組の中で最もこたえた。

 死刑執行はlethal injection。つまり、静脈から薬剤を投与し、死に至らしめる方法で行なわれる。このため、準備段階としてDavisの腕にはすでに注射針が刺さっているはずだと専門家は言う。

 また、死刑囚は最後の食事として、自分の好きなものをリクエストできることになっているが、Davisは執行されないことを信じていたため、そうした特権をすべて放棄していたそうだ。

 私が居間のテレビを前にうじうじと考えていた少なくともこの3時間、Davisは腕に注射針が刺さったまま、執行停止をただひたすらに信じて、最高裁の判断を待っていたのである。
 辛すぎて言葉が出ない。。。

 そして、日本時間の正午過ぎ、死刑執行に立ち会ったジャーナリストが会見し、Davisの最期の言葉を伝えた。

 (被害者家族に対して)I'm not the one who personally killed your son, your father, your brother. I am innocent. The incident that happened that night is not my fault. I did not have a gun.
 (死刑執行官に対して) God have mercy on your souls. And may God bless your souls.

 私が死刑制度に反対な理由は別な機会に書くとするが、死刑制度について考えるきっかけの一つとなったは、今回のような米国のニュースだった。
 日本は死刑制度自体が闇の中だ。執行した事実が後日公表されるだけ。
 米国のように、何時からどこで執行されるとか、死刑囚が最期に何を食べ、誰と会ったなどという細かいことは逐一報道されない。
 ましてや米国のように同時進行で報道されることもない。

 人権擁護団体Amnestyによると、先進国で死刑制度が法律上または実務上廃止されていないのは米国の一部の州と日本だけらしい。

 日本の世論は、概ね死刑制度支持だろう。
 しかし、それは何の情報もなく、考えるきっかけがないからではないだろうか。

 日本ももっと考えてはどうか。

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